松田聖子と神田正輝の結婚披露宴から現在まで|石原裕次郎がホテルで見せた涙と昭和スターの正体
石原プロモーション――通称「石原軍団」の結束力は、芸能界でも唯一無二のものでした。この披露宴においても、その鉄の結束が遺憾なく発揮されました。仲人代理として終始緊張の面持ちで新郎新婦をエスコートした渡哲也は、男気あふれる誠実な振る舞いで会場の秩序を保ち、若手俳優たちも警備や案内など裏方の任務に自発的に奔走しました。
2026年2月に放送されたバラエティ番組において、俳優の石原良純は自由が丘のロケ中に当時を回顧し、松田聖子との若き日の思い出を語っています。良純によれば、神田正輝と聖子の結婚当時、石原軍団の宴席やカラオケ大会に聖子が同席することもあり、軍団のメンバーから「聖子ちゃん、あの曲歌ってよ!」とリクエストが飛び交うなど、まさにファミリーの一員として温かく迎え入れられていた実態が明かされました。
当時の石原プロは、テレビドラマ『大都会』『西部警察』などの空前絶後の大ヒットにより、単なる芸能プロダクションの枠を超えた強固な男性共同体を形成していました。神田正輝はその中で「次男坊」的な愛されキャラとして育ち、裕次郎や渡にとって特別な存在だったからこそ、トップアイドルであった松田聖子を迎え入れることは、軍団全体にとっての「国家的慶事」だったのです。